店に入ると、少し泥がついたカメラが2台、街を見守るように置かれている。岩手県山田町で唯一の写真店を営む昆尚人(こんなおと)さん(46)は毎朝、「おはようございます」とカメラにあいさつして仕事を始める。
拡大する津波に流されながらも奇跡的に見つかったカメラ。昆尚人さんが立つレジの横に置かれ、街を見守っている=2021年1月、岩手県山田町
2011年3月11日、海から約100メートル離れた場所にあった店で大きな揺れを感じた。保育園に子どもを迎えに行き、高台の小学校へ避難している時、カメラを忘れたことに気がついた。
05年に開業する際に初めて買った中古のカメラと、いつも仕事で使うカメラの計3台。店へ取りに戻ろうとすると、「キャー!」と悲鳴が聞こえた。振り返ると、津波が街をのみ込もうとしていた。
がれきの中をカメラを探して歩き回ったが、見つからなかった。「もうやめようかな」。先が見えず落ち込んでいた時、隣の宮古市の小学校から電話がかかってきた。卒業アルバムの撮影を担当した学校で、今度は入学式の撮影依頼だった。
店もカメラもない。ためらったが、電話口では「何とかしてみます」と答えていた。以前働いていた会社にカメラを譲ってもらい、4月下旬に入学式を迎えた。
体育館は避難所になっていた。教室に並んだ新入生を前に、ファインダーをのぞく。いつもなら「はい、笑って」と声をかけるが、言えなかった。教諭たちの表情が硬く見えた一方、子どもたちの無邪気な笑顔が救いだった。
応募していた仮設商店街での営…
2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル